健康教室『六甲ハートクラブ』
「高血圧:最新の治療を語る」
 

  [2002年7月4日 (VOL.35 NO.27) p.04]
特別企画 First choice を探れ
 Valsartan症例報告検討会  No.2 神戸
<コメンテーター>
神戸市立中央市民病院 副院長・循環器センター内科部長 盛岡茂文氏
<出席者(報告順)>
川原内科 院長 川原康洋氏
斎藤内科 院長 斎藤公明氏
竹内内科 院長 竹内素志氏
兵庫県立姫路循環器病センター副院長・循環器科部長 梶谷定志氏
  現在の高血圧治療においては, EBM(evidence-based medicine)に基づき,ガ イドラインに則した治療の標準化が求められている。しかし,実際の臨床の場で,合 併症を伴う多種多様な病態に対応するためには,臨床経験を基に,個々の患者に応じ た「テーラーメイド医療」が必要となってくる。それぞれの症例の病態を考慮し,最 も適切な治療戦略を立てることが重要なのである。  本シリーズでは,高血圧治療薬バルサルタンの実際の使用経験を通し,確立されつ つあるEBMと蓄積された臨床経験を軸にした“First choiceモとしての降圧薬選択のポ イントを探っていく。  今回は,神戸市立中央市民病院副院長・循環器センター内科部長の盛岡茂文氏をコ メンテーターに迎え,兵庫県各地区の実地医家の先生方にディスカッションしていた だいた。
はじめに〜高血圧治療の現状    盛岡茂文氏

高血圧に関する研究は,1 世紀ほど前の1898年,フィンランドの生理学者・チイゲル シュッテットとスウェーデンのベルグマンがウサギに静脈注射をして血圧の変化を見 たときに,腎抽出液から昇圧物質であるレニンを発見したことに端を発しています。 国際高血圧学会は,イタリアのリバロッチが臨床に応用できる簡便な水銀血圧計(カ フ血圧計)を開発した1896年を高血圧の臨床と研究史の始まりとしていますが,その 2 年後にはレニン・アンジオテンシン(RA)系の研究がスタートしていたのです。そ の後の研究から,レニンと高血圧の関連が解明され,レニンは腎臓と高血圧の因果関 係を仲介する物質として認識されていきました。1939年には,アルゼンチンのブラウ ンメネンデス博士らがレニンによる昇圧作用は,レニンから産生されるアンジオテン シンの働きに起因することを見出しました。
 こうした高血圧研究の歴史のなかで,1950年代に利尿薬が登場,60〜70年代には b遮断薬とCa拮抗薬が,80年代にはACE阻害薬が,そして90年代の終わりにはARBが登 場し,主要な降圧薬はほぼ開発されたと言ってもよいでしょう。初の降圧薬が登場し て半世紀が過ぎているのです。
 現在,世界的に広く使用されている高血圧治療のガイドラインとしては,米国合同 委員会により作成され,およそ 4 年ごとに発表されるThe Joint National Committee on Detection, Evaluation, and Treatment of High Blood Pressure(JNC)の第 6 次報告である「JNC-VI(第 6 次報告1997年)」と1999年に 世界保健機関(WHO)と国際高血圧学会(ISH)のメンバーにより組織された WHO/ISH委員会によるWHO-ISH高血圧治療ガイドライン1999の 2 つが挙げられます。 日本では1990年に厚生省と日本医師会の協力で「高血圧診療のてびき」が発刊され, それ以後改訂されていませんでしたので,JNC-VIやWHO/ISH委員会のガイドラインを 参考に,この「高血圧診療のてびき」に基づいた高血圧治療が行われていました。し かし,それぞれのガイドラインに記載されている治療法が必ずしも一定していないこ となどから,1998年,厚生省健康政策局は「本態性高血圧の治療ガイドライン」の作 成に向けて医療技術評価推進検討会を組織しました。これを機に,日本高血圧学会で は本態性高血圧を含めた高血圧全体の治療ガイドラインを作成することとし,「高血 圧治療ガイドライン作成委員会」が組織されたのです。日本人のエビデンスに則した ガイドラインの必要性に応え,2000年 6 月末,同ガイドライン委員会によるわが国 初の高血圧治療ガイドライン(JSH2000)が発行されました。日本人の高血圧の特性 や生活習慣,これまでに行われた日本の高血圧治療研究成績を十分に取り入れた実用 的なガイドラインです。
 多種多様な降圧薬の登場によって高血圧治療は今日まで格段の進歩を遂げてきまし た。現在の高血圧治療は,これらのガイドラインに基づき,「evidence-based medicine(EBM)」を軸に,治療の標準化を求める傾向にあります。今後はこうした ガイドラインを基本に,個々の病態に応じた医療,つまり「each patient-based medicine(EPM)」が求められる時代になっていくことでしょう。
症例報告 3
Ca拮抗薬では血圧管理が不十分であったが,バルサルタン80mg/日を投与して 有効な降圧が得られた1例
                      竹内内科 院長 竹内素志氏


竹内氏:呈示いたします症例は,60歳の女性。主訴は,回転性めまいと顔面の浮腫で す。1992年ごろから他院にて高血圧治療を行っていましたが,血圧コントロールの不 良にて2001年 3 月に当院を受診されました。初診時,めまい,浮腫,動悸の自覚症 状が見られました。合併症としては,高脂血症,甲状腺機能低下症,メニエール病, 不整脈が認められました。血圧は166/88mmHgで,脈拍は64/分,心音は収縮期雑音を 聴取しました。検査所見では,X線にてCTRが54%,心エコーでは軽度ですが僧帽弁の 逆流が認められました。総コレステロールが269mg/dLと高値であり,甲状腺機能検査 では明らかな甲状腺機能低下症が認められました。これまでのCa拮抗薬投与では血圧 管理が不十分であったため,2001年 4 月27日よりバルサルタン80mg/日投与を開始し ました。
 その結果,十分な降圧効果が得られ,良好な血圧管理がされています(図 3:Ca拮 抗薬では血圧管理が不十分であったが,バルサルタン80mg/日を投与して有効な降圧 が得られた1例)。特に拡張期血圧がよく改善されました。本症例では,合併する高 脂血症,甲状腺機能低下症,メニエール病,不整脈(異所性心房頻拍)により多彩な 症状を呈していましたが,T4製剤,スタチン製剤,ジギタリス製剤の投与により,血 液所見および自覚症状が改善され,高血圧に関してはCa拮抗薬にバルサルタンを追加 投与して有効な降圧が得られました。薬剤の併用による副作用も認められませんでし た。

コメント&ディスカッション
盛岡氏:キーポイントは「Ca拮抗薬では降圧が不十分であったがバルサルタンの投与 によって得られた有効な降圧」,「多彩な合併症に対する薬剤併用でバルサルタンが 副作用なく効果を発揮」ですね。
 この顔面の浮腫は甲状腺機能低下症によるものと考えられますが,Ca拮抗薬では不 十分であった降圧が見事にバルサルタンで改善されていますね。
 同時に行っていた他疾患の治療によって,TSH,T4,またコレステロール値などは どのように改善されていますか。
竹内氏:Free T4は0.43から1.1n'/dL,TSHは137.9から2.8%U/mL,総コレステロール は269から219m'/dLと正常化しています。
盛岡氏:甲状腺治療のみでも症状が正常化した可能性はありますか。
竹内氏:そうですね。ただ,高血圧は他疾患に起因しているものとは考えにくいの で,やはり降圧薬の投与が必要でした。臨床において,ARBによる降圧効果はCa拮抗 薬とほぼ同等だと感じていますので,追加投与したバルサルタン単剤でも十分な降圧 効果が期待できたと思います。


(上記は健康や医療に役立つ最新の情報誌「かかりつけ医通信」からの部分転載で す。メール・マガジン「かかりつけ医通信」ホームページ: http://homepage1.nifty.com/hone2/kakari/)